進撃の巨人を読み解く

進撃の巨人はSFを下敷きにしたヒューマンドラマだ・・と思う

093 物語の考察 グリシャ・イェーガーの場合(第87話 境界線②)

 

※修正 2020/02/04:一部修正を行いました。読み返したら私の文章の方がツッコミどころがある感じに思えたので、文章の構成を変更し一部リライトしました。全体の論旨に変更はありません。



みなさんこんにちは。

 

 この記事は 079 サルでもわかるヒトの業 の続きというか、もともと分割した後半部分です。できればそちらをお読みになってからの閲覧をオススメいたします。また分割した関係上”第87話 境界線②”としていますが、主に88話の会話部分に関するお話になっています。

 

 

 


この記事は最新話である125話までのネタバレを含んでいるかもしれません。さらに登場人物や現象についての言及などなど、あなたの読みたくないものが含まれている可能性があります。また、単なる個人による考察であり、これを読む読まないはあなた自身に委ねられています。その点を踏まえて、自己責任にて悔いのないご選択をしていただけますよう切にお願い申し上げます。あなたの選択とその結果に対して、当方は一切の責を負うものではありません。

※画像は全て 「進撃の巨人(諌山創著 講談社刊)」 より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。注記の無いものは全て22巻88話からのものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[グリシャ・イェーガーの場合]

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前半の記事では、グリシャは自身の罪を認め難いがためにその場しのぎの言い訳をしているようだとツッコミを入れまくりましたが、多少なりとも屁理屈っぽく受け取れる感じもあったかもしれません。

でもこのグリシャの罪は大事な部分だと思いますので、さらにしつこくツッコミを入れながら掘り下げてみたいと思います。

 


まず事実確認として、87話ではこんな場面がありました(22巻87話)

 

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既に仲間たちやダイナが巨人にされてしまい、一人残されてしまったグリシャはグロス曹長に必死の抵抗をしています。死やそれに類するものが眼前に控えてる状況では当然誰もが取る行動でしょう。誰だって死にたいはずがありません。そして幸いにもグロス曹長が落ちたことによって命拾いをしたグリシャは88話でクルーガーにこう言います。

 

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-俺は… ダメな父親で
-ダメな夫で… ダメな男だった…
-なのになぜ…
-俺だけが人の姿のまま
-ここに つっ立っているんだ…

これって要するに「俺も巨人になるなり死ぬなりすべきだった」、もしくは「むしろ俺のほうが~」という感じですよね。死にたくないのか死にたいのかはっきりして欲しいところですが、その直後にはさらに別の角度からクルーガーに突っかかっていきます。

 

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-なぜ俺だけ生かした⁉

これは自分の命の安全が確保されたのでさらに上を望んだ部分もあるとは思いますが、そもそも命の恩人に逆ギレしている時点で筋違いだとは思います。もともとこれらのセリフが出てきた背景にはクルーガーの容赦なくも客観的な物言いがあったのですが、

 

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-結果こそは……
-グライスが嘆いた通りだったがな

グリシャの心情を察するに”痛い所を突かれた”といった感じではないかと考えます。人が激昂したり逆ギレするというのは、だいたいそれが原因です。否定しようのない事実をまざまざと突きつけられたことで、グリシャ本人も後で言っているように「罪」を認めざるを得なかった、といった感じでしょうか。

 

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-俺に残されたのは……
-罪…だけだ

激昂するような感情の動きというのは意識してするものではなく、内側から湧き上がってくるようなものです。それはつまり無意識によるものであり、おそらく心の奥底に意識から隠しておきたい抑圧された何かがあるということでしょう。そのため死にたくないかと思えば死にたいようなことを言い、今度は救ってくれたことに噛みつくかのような支離滅裂な言動になってしまっているのだと思います。

 

そこでそれぞれの言葉から心の奥底の何かを紐解いていくとすれば、

 

最初の「死にたくない」は当然のことですので割愛するとして、「どうせなら自分も巨人or死」という吐露からは、罰を受けたい、すなわち「裁かれたい」という気持ちが見え隠れしているように思います。そこで思い出すのはこのセリフ(25巻99話)

 

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-僕は…なぜかこう思うんだ
-あのおじさんは… 誰かに――


-裁いてほしかったんじゃないかな

 

裁きを受けることで罪が確定します。罪が確定してしまえばもはや言い逃れをすることはできません。それは逆に言えば、言い逃れをする必要がなくなるということでもあると思います(24巻96話)

 

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-その後は……
-…覚えてないが
-馬に乗って逃げたんだ…
-…ちょうどお前らぐらいの子供を3人残してな…

もしもおじさんが生き続けたとしたら、おそらく誰かに会うたびに「覚えてない」「とにかく逃げるしかなかった」と繰り返すことになったのではないでしょうか。実際その言葉通り必死で逃げるしかなかったにしても、本人の中では「我が身可愛さに子供や他の村人を見捨てて自分だけが生き残った」という観念が重くのしかかることは想像に難くありません。そうなると自身の言葉が、なにか言い訳のような”もっともらしい言葉”に感じられてくるのではないかと思います。

でも裁かれてしまえば、罪が確定さえしてしまえば、もうそんな言い訳じみたことを言う必要から解放されます。ひとことで言えば、楽になります。

 

グリシャの場合も似た感じですよね。自分がしたことによって妻子と仲間たちが地獄に落ちましたが、自分だけがのうのうと生き永らえてしまいました。そんな「罪だけが残った」状況で、マーレがどうしたからとかエルディアがどうだとか苦しい言い逃れをして問題をずらし、自分自身をも騙し続けることから解放されたかったのかもしれません。おじさんは結局もうひとつの楽になる方法を取ってしまいましたが、「どうせなら自分も」と言っていたグリシャの心情もそれに近いものに感じます。巨人になるなり死ぬなりしてしまえばそんな罪悪感を感じる必要はなくなるわけです。


その後クルーガーに逆ギレしたのは、生き残ってしまった以上、今度はその「罪」自体から逃げたくなったという感じでしょうか。その「罪」を認めることは隠している何かに繋がってしまう恐れがあるので、無意識が強い拒否反応を起こすのだと思います。だから思わずなにか別の物を槍玉にあげて攻め立てます。でも隠すためにむりやり言い繕っている感じになってしまうため、一見正論を吐いているように見えてその実はツッコミどころだらけの言動になってしまい、相手に正論で返されると途端に二の句を継げなくなるのだと思います。これはグロス曹長に対してもそうでした。

  


クルーガーはそんなグリシャを冷静な眼差しで見つめながら、理路整然と語り掛けていきます。

 

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彼も同じような感情を経験してきたからよく分かるのだと思います。彼の場合は、家族が焼き殺されるのをただ隠れて見ているしかなかった、そして自分だけが生き残ってしまったという罪悪感があって、それがマーレへの復讐とエルディア復興という目的に転化されています。

 

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-家が焼け崩れる頃に父の仲間に救われ
-……それ以来
-マーレへの復讐とエルディアの復権を誓った

 

前半の最後に書いた推測が正しいかは分かりませんが、グロス曹長が本当に復讐すべき相手だったならなおさら、そうでなく単にエルディア人を侮蔑するマーレ人の一人でしかなかったとしても、あれほど願っていた復讐を遂げたところでなんの嬉しさや達成感も得られなかったようです。

 

つまりそれが目的ではなかった、ということなんでしょう。

 

エルディアのためという大義名分を掲げ、復讐のためにあえて鬼になって何かを成し遂げようとやってきたものの、実はその根源は自身の罪悪感から逃れたかっただけなんだと思います。それが本当の目的であって復讐などは手段でしかなかった。それをクルーガーは、

 

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-…俺は未だ あの時のまま
-戸棚の隙間から世界を見ているだけなのかもしれない…

その罪を背負って以来、時間が止まっているかのようだと表現しています。そしてそれはグリシャも同じだろうと分かっているからこそ冷静に、諭すように現実を突きつけるのでしょう。

 

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なぜ境界線でこんな悲惨な出来事が起こったかと言えば、ジークが密告したからです。

なぜジークが密告したかと言えば、グリシャがあんな育て方をしたからです。

なぜあんな育て方をしたかと言えば、エルディアを復興させるべきだと思っていたからです。

なぜエルディアを復興させるべきだと思ったかと言えば、マーレに妹を殺されたからです。

なぜマーレに妹を殺されたかと言えば、

 

・・自分が壁の外に妹を連れ出したからです。

 

同じように、ダイナや仲間たちが巨人になったことも全てそこにたどり着いてしまうわけです。エルディアを正義だと信じ込んだのも、マーレに復讐を企てたのも、父を逆恨みしたことも、全てはその「妹は自分が殺したようなもの」という罪の意識から逃れようとして生じたことだと考えられます。無意識はこの罪悪感を隠したくて、それをごまかすのに都合のいい考え方をグリシャにさせていたわけです。妹が死んだのは(自分じゃなくて)マーレが原因だ、そしてそれは(自分じゃなくて)歴史や環境が悪いんだ、だから修正しなくてはといった具合に。

もちろん少年時代のグリシャにしてみれば、ふと「妹に飛行船を見せてあげたい」と思ってしただけの行動でした。客観的には運が悪かった部分も多々ありますが、いずれにせよその行動の結果によって生じた罪の意識が、本人も知らずしらずのうちにその後の人生のほぼ全ての行動の引き金になってしまっているのです。言わばグリシャの半生はその罪に突き動かされてきただけと言っても過言ではありません。これって私自身にも自分では気づいていないそんな何かがあるかもしれないと考えると、そら恐ろしい話ではあります。

 

 


そうして罪に打ちひしがれるグリシャに、クルーガーは言います。

 

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-その行いが報われる日まで進み続けるんだ
-死んでも
-死んだ後も

それでも進み続けろと。

 


これはあくまで私なりの解釈と前置きしておきますが、クルーガーはこういうことを言ってるんじゃないかと思います。

人として罪から逃れたくなってしまうのは自分もそうだったから分かる。そして罪から逃れようとしてやってきたことが惨憺たる結果を招き、その根源である罪と向き合わなくてはならなくなった今、その過程でさらに積み重ねてしまった罪に押しつぶされそうになるのも分かる。でもここで罪につぶされて死んだり自暴自棄になったりするということは、それもまた罪に突き動かされて行動するということではなかろうか。それこそさらなる罪を重ねるのと同じではないかと。だから前を向いて生きろ。罪は罪として受け入れた上で、贖罪とかどうのではなく、罪に突き動かされるのではなく、今度は自らの意志をもって”生きること”をしろ。

そんな風に感じます。むしろその方が犠牲となり礎となった人たちへの手向けにもなるだろという意味も含めて。

 

 

 

88話の冒頭はグリシャノートの文章、すなわち壁内で落ち着いてからのグリシャのモノローグで始まるのですが、そこでグリシャはこんな表現をしています。

 

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-彼らがこの島に存在したすべての痕跡は
-海に飲み込まれ消滅した

 

「消滅した」

進撃がマーレ当局を叩いたことによって、全てが消滅したんです。罪とは人と人が集団で生活をする上で生まれてくる概念です。現実の世界の国々でもそれぞれ法律が異なるように、罪というのもそれぞれの集団内でしか存在し得ません。つまりグリシャに罪を問うていたマーレ当局が「消滅した」とき、グリシャの罪も「消滅した」と言っても良いかもしれません。

 

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そして鳥が自由に空を舞うように、パラディにおいては罪から解放されて自由に生きることができます。それはまさに文字通り「楽園」として。どうも88話の冒頭はそんな表現であるように思えて仕方がありません。

 


こうして考えてみると、クルーガーはグリシャに使命を託したというよりむしろ、過去の負い目などに動かされて生きるのではなく自らの意志を軸にして生きろと、その精神を継承した感じではないかと思います。

 

それを言い換えるならば「生き方を教えた」ということ。


そして88話の副題は「進撃の巨人」だったりするわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、その後グリシャが自由に生きることをした結果生まれてきたのがエレンです。ですからエレンはその名前と共に自由に生きるという精神を継承したってことなんだと思います。

ただ、だからと言ってレベリオの時のグリシャよりパラディのグリシャが正しいとか、ジークよりエレンの方が正しいとかそういう話ではないようですけどね。

 

 


というのも・・

 

 

 

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それが黄昏の始まりですので。

 

 

 

 

 

 

本日もご覧いただきありがとうございました。


written: 2nd Feb 2020
updated: 4th Feb 2020