進撃の巨人を読み解く

進撃の巨人はSFを下敷きにしたヒューマンドラマだ・・と思う

096 最新話からの考察 127話 夢と理想と

 

みなさんこんにちは。

 

 

今回はセリフが多めにも関わらず読んだそのままで書くことないなあとか思ってたんですが、あれこれ考えてるうちに妙味がでてきました、というどくしょかんそうぶんです。

 

 


この記事は最新話である127話までのネタバレを含んでおります。さらに登場人物や現象についての言及などなど、あなたの読みたくないものが含まれている可能性があります。また、単なる個人による考察であり、これを読む読まないはあなた自身に委ねられています。その点を踏まえて、自己責任にて悔いのないご選択をしていただけますよう切にお願い申し上げます。あなたの選択とその結果に対して、当方は一切の責を負うものではありません。

※画像は全て 「進撃の巨人(諌山創著 講談社刊)」 より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。注記の無いものは全て別冊少年マガジン2020年4月号・127話からのものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[夢と理想と]

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なぜかラストからいきます。

 

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キヨミさんなんかラスボス感があるんですが・・

 

その立ち位置がなかなか見えてきません。もともとは地鳴らし推進派、地鳴らしをしてもらわないと困るお家柄です。だからか調査兵団のマーレ潜入時なんかも「おばちゃん説得は無理やと思うけどなぁ」ってずっと言ってました。裏でイェーガー派の糸を引いていたとしてもおかしくない存在でもあります。ただ現状の地鳴らしで祖国まで滅ぼされては本末転倒のはず、お家の復興どころの話ではありません。そして将軍家の血を引くミカサに対して思い入れがあるのは本人の言葉通り間違いないことでしょう。そうこう考えてたら私の中で陰謀論的なものが再び首をもたげてきました。そのうちまとめようと思います。あとフロックはよほど行動が的確かつ迅速で、立派に成長したなぁと感慨もひとしおです。

 

 


次に今回ぶん投げられてきた2つの飛び道具のうちのひとつ目。

 

 

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-世界を救う
-これ以上に人を惹きつける
-甘美な言葉があるでしょうか?

無差別に全方位の急所を突くようなセリフだと思います。だからみんな世界を救う物語が大好きで、王道と呼ばれるものはその体を取りながら世間にごまんと溢れます。まるで前回のベタな展開をくさしながら、巷に溢れるものまでついでに刺すかのようでもあります。イェレナさんお見事としか言えません。

 

 

それはさておきイェレナの来歴が少し明るみに出ました。そしてどうやらイェレナ・クルーガーに一歩近づいた気がします。

 

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-それは王子様と世界を救う奇跡の物語
-自らを嘘で塗り固め人類史に刻まれんとする
-その欲深さに敬服いたします

細かいことはまだよく分かっていませんが、彼女は要するに”みんなのための英雄”になろうとしていたわけです。ジークと同じですね。そして共通の夢を追いかけるという点はアルミンのエレンとの関係性とも重なってきます。そんなわけで彼女は”自己肯定感が低い組”に編入されました。そしてそして、

 

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-ごく一般的なマーレ人家庭の出自を
-マーレに併合された小国出身と偽った

 

彼女はやはり外国出身ではなく”マーレ出身”でした。

 

彼女がなぜ英雄になりたかったのかマーレに失望したのかはまだはっきりしていませんが、もしかしたらそこに「エルディアの復興やマーレへの復讐に人生を捧げ、我が子に目を向けることのなかった”マーレ人の”父親」が出てくるかもしれません(21巻86話)

 

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クルーガーなら人生を捧げたところまではほぼ確定。我が子に目を向ける部分は不明ですが、もしそうであるならクルーガーはグリシャと完全に重なるという面白いことになります。そしてグリシャの思想や行動がジークを歪ませたように、イェレナが同様の道を辿ったという筋道が立ちます。さらにはクルーガー親子とレベリオのイェーガー親子は同じようなことを繰り返した、といった趣さえ生まれてきます。果たしてどう出てくるのか、今後が非常に楽しみになってきました。

 

 


さて、家族の話といえばジャンを語らないわけにはいきません。

 

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これは実際にあったかもしれない可能性の世界。ミカサとこんな感じになったらいいなというジャンの奥ゆかしい夢。手を伸ばせば届きそうな、それでいてやっぱり届かないかもしれないような夢(4巻18話)

 

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-それでいて現状を正しく認識することに長けているから
-今 何をすべきかが明確にわかるだろ?

 

けれども「現状を正しく認識し」「今やるべきことをやる」という矜持に従い、夢を手放す方の道を選択しました。矜持とは自らが思い描く「こうあるべきだ」という姿。理想の自分。どうあるべきかというのは、他に対してどういう立場であるのか、どう立ち振る舞うかということでもあると思います。もしも世界に自分ひとりしかいなければ、あれやこれやと考えるまでもなく自分のしたいと思ったことをただすればいいはず。そこに良いも悪いもありません。つまり他者との関係性の中にあるもの、全体の中での立ち位置の指標のようなものが矜持であるとも言えそうです。

 

矜持は理想や信念と言い換えられるなどと前話の時に自分で言っていたことを思い出し、はたと気付きました。私は今まで「夢」と「理想」という言葉をほとんど同じようなものとして捉えていたようです。

夢と現実
理想と現実

そのどちらも「現実」の対義語として使われる言葉。一見同じような感じに思えます。

でも理想というのは矜持と重なることからも分かるように、「こうあるべきだ」という高い目標のようなニュアンスがあると思います。より現実に近い感じ。理想の生活などと言えば比較対象があってのものという部分も、矜持と同様であることの証左と言えそうです。

対して夢は「こうだったらいいな」という純粋な個人の願望のニュアンスが強いように思います。そして矜持を夢と言い換えることにかなりの違和感があるのは、夢というのは叶わない前提みたいな部分もあってどのような夢を思い描くかは各人の自由であることによるのではないかと思います。それは矜持のように「こうあらねばならない」という縛りのようなものではないということであり、むしろ「個人の夢」と「全体の中での理想や矜持」という風に対称を成すものと言えるように思います。

 

というわけでジャンは、個人の夢を手放し、全体の中でのあるべき姿勢を取ったということになりそうです。

 

 


続きまして第2の飛び道具の登場です。ハンジさん、かく語りき。

 

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-虐殺はダメだ!!
-これを肯定する理由があってたまるか!!

これもなかなか切れ味の鋭い、ツッコミどころと同時に問題を提起するようなセリフだと思います。


これは答えのない問題で、あまり意味のない思索だという前置きをしておきますが、

 

まず「虐殺を認めることはできない」というのは心情としてはよく分かる感じがします。しかし疑問が湧いてきます。

では虐殺ってなんなのでしょう。虐殺と殺害の垣根はどこにあるのでしょうか。

殺すという意味ではハンジを含めた彼らはみんな人を殺してきました。でもそれは仕方のないことで虐殺の場合は認められないことなのでしょうか。そうであるとしたらなかなかに都合のよろしい理屈になってしまいます。

 

あるいは、虐殺という言葉は主に大量殺戮の言い換えとして使われますから数の問題でしょうか。

そういうことじゃないんだと言ってしまいそうになりますが、実はこれはあると思います。何人からが虐殺かみたいな具体的なものは置いておきますが、残酷な生存競争を自らが生き抜くためには殺すこともやむなし、そんなケースでも人数は可能な限り少ない方が良いというのは普通にあるでしょう。殺人だとあまりに実感が湧かないでしょうから、その部分を”蹴落とす”とかに変えて考えてみれば普段からそういう場面が多々あることにお気付き頂けると思います。

進化の観点から言えば競争は進化をもたらす手段なので良いのですが、それによって多数が滅んでしまうとなれば種の保存という目的の上で好ましくない、ということで数の多寡というのは理に適っているんですね。とはいえハンジが進化の上でよろしくないから虐殺はよくないと言っているわけではないでしょうが。


あと考えられそうなのは戦闘員か非戦闘員かといったような区別でしょうか。現実の国際法でもこの区別は重視していますから、作中にもそういう考え方はあるだろうと考えます。

これは倫理的にはその通りであるとも言えそうですが、実際面ではジャンが言っていたような問題が残ります。戦闘員、つまり兵士も人でしかありません。仮にマーレの兵士だけを一人残らず殺すことが可能であったとしても、結局はそれまで非戦闘員だった人々が次なる戦闘員になるだけの話です。つまり終わりの無い泥沼の戦いを生み出すだけとも言えます。前項と矛盾するかのようですが、場合によってはまとめて叩いた方が良い場合があるということです。実際の歴史でも比叡山の焼き討ちなどはそういった意味合いを持って行われたと考えられます。

倫理面でツッコミを入れるとすれば、調査兵団はストヘス区で多数の非戦闘員が犠牲になることを織り込んだ作戦を実践しています。もちろんハンジも分隊長として、一兵卒よりよほど責任のある立場でそれに”加担”しています。それは当時のせっぱ詰まった状況を打破するためだったから肯定できるということでしょうか。あるいは、本人はそんなこと言わないでしょうが、あくまで団長の命に従っただけだからという責任の所在の問題でしょうか。それとも非戦闘員だとしても味方ならば「尊い犠牲」として受け入れられる、ということになるのでしょうか。殺すのは良くないことだけど心臓を捧げるだったら良いこと?

はたして虐殺とはなにがどういけないのか。

結局のところ明快な答えは出てこないんです。肯定する理由がないと同時に否定する理由もない。だからこそ考える価値のある問題とも言えるかもしれません。セリフひとつでそんな問題提起をしてくるあたり、ほんと凶悪な飛び道具を持ってらっしゃるなぁという印象を抱きます。

 


まぁ物語に話を戻せば、ハンジはお気持ちを表明しただけなんでしょうけどね。

 

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-従来の兵団組織は壊滅して…
-もう私は君達の上官でもない
-その上で聞くけど―――

これは個人としての話であって上司としてジャンやミカサに強いているわけではない、というのが前提になっています。だから個人の想いの丈を述べるだけであって理屈ではないんだということでしょう。肯定できないものは肯定できないのです。

さすがミカサはそのあたりの客観性と頭の回転の早さがあるので、みなまで言わせるまでもなく即答して個人の意思を述べています。個人として、エレンに虐殺をさせたくないんだと。

ジャンもしっかりそれに追随して、「自分が死ぬのは嫌だという前提条件があるじゃないですか」という個人の気持ちをベースに異論を投げかけたわけです。

 

そんなわけで、目的は微妙に違えどエレンを止めるという手段の一致をみた個人が集まり、ひとつの小さな集団が生まれたわけです。個から全体へのシフト。そういえばハンジも、ジャンと同様にこのまま目や耳を塞いで安穏と暮らしたいという個人の夢の誘惑を断ち切り、こうあるべきだという理想の私に準ずることを選択したのでした。シガンシナ戦の時もありましたね、私情や本音から建前へのシフト。個から全体へ。夢をあきらめて理想の姿へ。

 


個と全体という観点で言うと今回のジャンのセリフはとても興味深くて、

 

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-だからエレンは世界を消そうと―――

 

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-そもそも壁破られて目の前で母親が食い殺されていなきゃなぁ…!!
-エレンは こんなことしてねぇよ!!
-「地鳴らし」まで追い詰めたのはお前らだろうが⁉

どれもエレンを代弁というか擁護するような感じになっています。少し前とは打って変わっていますね。ここから分かるのは、現状がよく認識できるジャンからしても、個が生きるという視点から見ればエレンの行動は合理的だったということなんでしょう。個として考えれば正しい、ただ全体の視点で考えると問題があるわけです。個の正義と全体の正義のぶつかり合いになってくるわけですね。

 

 

 

今度は小さな全体と小さな全体が相まみえることになった場面を見ていきます。

 

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-おもしろいな どうして気が変わった?
-エレン・イェーガーを放っておけばお前らが望む世界が手に入るのだぞ?
-島の悪魔共の楽園がな

マガトの態度は暴虐無人なように見えます。でも内心としては後からハンジが指摘している通りなのでしょう。

 

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-元帥殿は私たちの存在に困惑しておられるのだよ
-この島を根絶やしにしようとした世界の人々を
-楽園を捨ててまで助けようとする奇怪な悪魔の存在に

 

マーレ側からしてみたらパラディ側の行動を訝しむのは当然です。むしろ罠と疑わず盲目的に受け入れてしまったらリーダーとしては無能と言う他ないと思います。

そう、リーダーです。マガトはこの場にいるマーレ勢のトップですから、その立場からの物言いをしているはずです。今までの言動から考えても彼がマーレの洗脳教育そのものの考え方をしているとは思い難いです。もちろん本人の思想は定かではありませんが、いずれにせよ自らの部下の眼前で今まで自分たちがやってきたことを否定するようなことを言えるはずもありません。彼はマーレ側という小さな全体としての建前を述べているはずで、必ずしも本人の気持ちを言葉にしているわけでもないんですね。

ちょっと話が逸れますが、ヴィリーとのやり取り、徴兵制志向、戦士隊への態度なんかを振り返れば、おそらくマガトはレベリオ民解放路線だと推測されます。ですが、その目的のためにやってきたりやらせてきたことが当のレベリオ民、それも年端もいかぬ女の子を泣いて土下座させることになったわけです。今回のガビの言葉が一番刺さったのはマガトだと思いますし、そんな彼がガビを慰めるのはお角が違うというものでしょう。

 

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ただ以前から端々に見えるガビへの思い入れのようなものからは、もしかしたらこの人も自分の子供あたりで何かしらあるかもしれないという想像もさせます。これはレベリオの子供たちにそれぐらい情があるという表現なだけかもしれないので何とも言えませんが。

 

 

余談はさておき。

 

 

今回起こっていたこと、彼らが今まで殺し合っていた間柄のために極端な言動になってしまっていますが、いわゆる”顔合わせ”と呼ばれるものに他ならないと思います。会社同士であれ個人であれ、知らぬ者同士が相まみえれば最初は腹の探り合いと立ち位置の確認などの作業がだいたいあります。得体の知れない他者に対しておそるおそる探りを入れていくような感じです。時に立ち位置を巡るマウント合戦になったりもしますが、そうやって擦り合わせをしながら距離を詰めていくのです。それ自体は別段珍しいことでもないわけですが、そこでより距離を縮めるひとつの方法が強調されているように感じました。

 

さきほど挙げたハンジのセリフ、こんな言い方をしています。

 

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-元帥殿は私たちの存在に困惑しておられるのだよ
-この島を根絶やしにしようとした世界の人々を
-楽園を捨ててまで助けようとする奇怪な悪魔の存在に

多少皮肉交じりなのはともかくとして、これはマガトやマーレ側の立場から物事を見て考えなければ出てこないセリフです。それを受けて、ということだと思いますが、ジャンはイェレナにこう言います。

 

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-お互いの蟠りをここで打ち明けて 心を整理させようとしてくれてるんだよな?
-お前も大事な仲間の頭を撃ちまくってまで叶えたかった幻想的な夢が
-すべて無意味に終わって 死にたがってたのに…
-気を遣わせちまったな

ジャンの場合はさらに皮肉を交えてはいますが、それでもハンジと同様にイェレナの視点に立っての好意的な解釈を述べているわけです。相手の立場になってものを考えているということです。ちなみにマガトの最初の言葉も毒は多分に含んでいますが同様の言い方をしています。

 

ミカサはもともとアッカーマンの特質でものすごく客観的なものの見方をしていると思いますので(エレンのこと以外、ひいては自分自身のこと以外は、ですが)同列に並べていいかは分かりませんが、アニの言葉に対して一瞬でこんな思考をしているようです。

 

「エレンを説得できなければ対立する恐れがある」
「ミカサはエレン以上に大事なものは無いだろう」

→ならばアニやマーレ側にしてみればミカサはエレンを殺す選択肢を持たないことがほぼ確定、つまり対立することがほぼ確定しているので、他の面子とは異なり現時点で排除すべき存在となる

 

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-つまり私を殺すべきだと?

もちろんこれはアニがそう思っているということではなくミカサから見ての解釈という話ですが、少なくともアニやマーレ側の目線でものを捉えようとしているわけです。

 

そしてライナーまわりでもそれは見られるようで、

 

ライナーはもはや聞かれてもないのにベラベラと事の詳細を話し続けるわけですが、そこから察するに彼は裁かれたいのだと思います。だから抵抗もしなければ許しを乞うこともしないのでしょう。

 

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-お前を… 許せねぇ
-わかっている…

ライナーにしてみれば許されない方が、誰かが自分の罪を指摘し続けてくれる方が、誰にも言えずにシラを切るかのように生活する自分を見つめているより楽なのだろうと思います。

 

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-私は?

 

あなたは裁かれたい感じではないから結構です。

 

いや、このセリフ面白いんですけど冗談で終わらせてはもったいないと思います。というかこれなんです。このセリフは、じゃあライナーとアニの違いはなんなんだよって、ジャンの許す許さないの垣根はどこにあるんだよって私たちに問いかけているわけです。残念ながらジャンの返答は聞けませんでしたが、おそらく恨みの量とか質という話ではないでしょう。そしてストヘス区の話じゃないですが、ライナーが命令を下した人でアニはそれに従っただけだからというわけでもないでしょう。

 

ジャン本人がどこまで自覚しているかは分かりませんが、彼は「現状がよく見えて」しまうし、(4巻18話)

 

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-強い人ではないから
-弱い人の気持ちがよく理解できる

弱い人の気持ちを、ライナーが裁かれたい気持ちを、よく理解できてしまうのだと思います。だから裁かれたいライナーのことは裁いてあげるし、アニは許すもなにもない感じではないかと思うわけです。

そもそも怒りという感情の中でも激昂するというのはかなり純粋な衝動ですから、本人が頭であれこれ考えてそうなったわけではないはずです。それは無意識からの働きかけであり、殴り掛かったのさえ「ライナーの気持ちを感じ取ってしまっていたから」という部分があるかもしれません。本人に自覚はないでしょうけど。少なくとも「弱い人の気持ちがよく理解できる」ってのは理屈だけではないはずですよね。

 

 

こうして各人から見て取れる、相手の立場になってものを考えるということ。それは思いやりとか慮り、あるいは愛といった言葉に繋がるような相互理解への第一歩だと思います。もちろんそれは敵対する関係だけにおける話ではありません。自分の考えだけで行動していると、マガトのように良かれと思ってしていたことがガビの立場にしてみれば苦しみを生んでいた、といったようなことも招いてしまうわけです。

相手の立場に立つというのは相手の個を尊重するということでもあります。人はそれぞれ考え方も違えば置かれている立場も異なりますから、十把一絡げに捉えていては決して本当の相手の立場に立つことはできません。さらに言えば、自身の個さえ尊重できない人が相手の個を尊重することも難しいでしょう。このあたりは壁内編のサシャまわりで描かれていました。

 

ちなみに十把一絡げとはこういうことです。

 

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-まるで自分は違うと言わんばかりですね
-一体私とあなた達の何が違うと言うのでしょう

イェレナは自分を基準にしてあんたらも同じでしょって言ってるんです。相手の個というものを全く考慮してないんですね。毎度言っているようで恐縮ですが、自己肯定感が低いと自分に価値が感じられないので、他者に価値を認めてもらおうとします。でも価値がない自分が他者に認められるには、他者の役に立つようなことをする必要があるわけです。他者の役に立つ最たるものは「世界を救う」ことだったりします。一人がみんなのために役割を果たすというのはまさに全体の考え方なのですが、その役割にも英雄から兵士から労働者までいろいろあります。全体の中での役割っていうのは突き詰めると「替えのきくコマ」でしかないんですね。むしろコマは黙々と役割を果たしてくれた方が全体は上手く回るんです。だから個は必要ない。なのでそもそも個を尊重するという感覚が薄いのかもしれません。

 

とはいえ実際のところイェレナの「世界を救う」にまつわる発言は、ライナーやガビの古傷はえぐってるかもしれませんが、あの場のみんなにはたいして刺さってないように見えます。イェレナ自身にしてみれば他人からそんな指摘を受けたら痛いのでしょうが、現在の彼らはしっかりと個々の目的をもってこの場に参加しているからではないかと思います。彼らは個を尊重することを保ちながら全体へシフトしているといった感じでしょうか。エレンだったりかつての敵だったり一人ひとりの感情を汲み取って、それはつまり誰もがひとつの個性であると認めながら全体のことを考えようとしているということです。

むろん彼らも人間ですから、完璧なわけではありません。時に感情的になって自分の都合ばかりを主張してしまってジャンとマガトのような言い合いになってしまいます。でもそういった自分本位の積み重ねの結果がガビの土下座だというのは忘れてはいけないような気がするんですね(28巻111話)

 

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-だから過去の罪や憎しみを背負うのは
-我々大人の責任や

 

子供を森から出してあげられるかは、大人ひとりひとりの考え次第ってことなんじゃないかと思います。

 

 

 


そんなこんなを考えていたらあの人のことが気になってきました。どうも焦点がそこに合わさりつつあることをひしひしと感じます(31巻126話)

 

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-正しいお前なんかに!!
-馬鹿のことなんてわかんねぇよ!!

 

全体の考え方を持つアルミンくん、前話ではコニーの個を考慮していないことをはっきりと指摘されてしまいました。今回は目立ちませんでしたが、マルコが最期に言った「話し合う」という言葉が出た途端にひとり目を輝かせ始めています。

 

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話し合い分かり合うこと、それは彼の夢です(26巻106話)

 

 

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-きっとわかり合える

 

そもそもエレンと海を見るという夢は、分かり合えていることを確認するような、実感するためのものなのだと思います(1巻1話)

 

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-僕が言ったことを正しいと認めているから…
-言い返せなくて殴ることしか出来ないんだろ?


「僕が言ったことを認めているから」
「ほらエレン、僕の言った通りだろ?」

 

他者に自分が受け入れられていない、だからこそ受け入れて欲しかった彼は、他より分かってくれた感のあったエレンに入れ込んでいったのだと思います。そして「自分を分かってくれて、同じ夢を見ているエレン」という偶像を作り出し、いつしかそれが目的のようになっていったのでしょうか。その根底は「誰かに分かって欲しい、誰かに認めて欲しい」という感情で、おそらく自己肯定感の低さに起因するだろうと考えられます。

 

その夢を叶えるべく、かつて様々な場面でアルミンは話し合うことを試みようとします。そのひとつがシガンシナ戦でした(19巻78話)

 

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-ベルトルト!!
-話をしよう!!

しかし話し合いで結果を出せなかった彼は、最終的にベルトルさんを殺す方へ舵を切ります。夢から理想へのシフト。夢とは「話し合って分かり合う」こと。彼の理想、すなわち矜持は「何かを変えるには大事なものを捨てる」ということ。夢とはそうなったらいいなぁということ。理想とはそのようにあるべきこと。そして最終的にあるべき姿であろうとしました。夢をあきらめて理想へ。個から全体へ。

 


さて、今まで話し合いと称した駆け引きしかしてこなかったアルミンは、現在目を輝かせながらしようと考えている「次の話し合い」においてどうするのでしょう。

果たしてそれはジャンたちのような相手の立場に立った話し合いに変わっていくのでしょうか。あるいはイェレナのように、いや今までの自分のまま、自分を基準にして相手を推し量るような駆け引き然とした話し合いのままなのでしょうか。

これが普通の作品だったら考えるまでもなく「成長したね、よかったね」で終わる話になるしかない見え見えの展開かもしれません。

 

 

でもこれ進撃。

 

 

とは言ったものの、みんなが互いの個を尊重し合い分かり合う方へという流れです。アニとライナーの間にさえそんな空気が漂いつつあります。この流れならきっと大丈夫なはず。うん大丈夫平気。ひとつだけ気になる矜持があるけど大丈夫。

 

 

 


前回コニーがかっこよく描かれていたように、矜持というのは一貫しているからこそ矜持なのです。それはまた、人間の本質はそうそう変わるものでもないという受け取り方もできるかもしれません。

 

 

その矜持とは、大事なものを捨てること。

 


つまり、ころs

 

 

 

 

 

 


本日もご覧いただきありがとうございました。


written: 14th Mar 2020
updated: none