進撃の巨人を読み解く

進撃の巨人はSFを下敷きにしたヒューマンドラマだ・・と思う

084 物語の考察 ジーク・イェーガーの場合(第120話 刹那)


みなさんこんにちは。

 

超展開の120話でしたね。いろいろと楽しめたのですが、どうも”120話の記事”という形でまとめるのが私には難しかった(感想文にしかならなかった)ので、今月はいつものスタイルではなくいろんな話題と繋げながら掘り下げてみたいと思います。

 

 

 

この記事は最新話である120話までのネタバレを含んでおります。さらに登場人物や現象についての言及などなど、あなたの読みたくないものが含まれている可能性があります。また、単なる個人による考察であり、これを読む読まないはあなた自身に委ねられています。その点を踏まえて、自己責任にて悔いのないご選択をしていただけますよう切にお願い申し上げます。あなたの選択とその結果に対して、当方は一切の責を負うものではありません。

※画像は全て 「進撃の巨人(諌山創著 講談社刊)」 より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。注記の無いものは全て120話からのものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[ジーク・イェーガーの場合]

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120話においてジークはこんな動きを見せました。

 

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-始祖の力は 俺が手にした

すでに不戦の契りも破棄し、始祖の力を行使できるのは自分だと言います。ただ、エレンに安楽死の遂行を拒絶されたにも関わらず、それでもエレンを説得しようとしています。

 

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-世界を救う時は
-お前と一緒だ

 

とうぜんツッコミを入れないわけにはいきません。

 

自分だけで始祖の力を扱えるなら、エレンを説得する必要はないじゃないかと。いや、そもそもエレンを待たずに実行することだってできたはずです。

 

すると一つの疑惑が浮上してきます。

 

やっぱりエレンによる命令が必要なんじゃないか、つまりジークの言っていることはブラフなのではないか。

 

実際のところ、これについては不戦の契り自体がいまだ曖昧模糊としている現状では何とも言えません。ブラフである可能性も十二分に考えられます。ただしジークの思惑で砂の拘束具がはずれたことと「始祖ユミル」がエレンを拘束したことは、その反証であるとも言えるかもしれません。

そこで仮に、ジークの言う通り単独で始祖の力を行使できるとすると、やっぱり引っかかるのはエレンにやらせようとしたことです。なぜそこまでエレンにこだわるのか。どうもそこに、ジークの真の目的が見え隠れしているように思います。

 

 

 

 

 

さて、王家の血を引く巨人ことジーク・イェーガー、その少年時代はみなさんご存知の通り暗澹たるものでした。詳しくは以前 065 みんなのために という記事を書いてますので、よろしければそちらもご参照ください。

改めてざっくり説明すれば、王家の血を引いて生まれてしまったため、さらに当時の状況や両親の思想のために、彼は”ジークという名の個人”ではなく、”王家の血を引く子供”として生きることを強いられてしまった、という感じです。

 

幼い頃の彼は”いい子”でした(28巻114話)

 

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-うん!

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-うん わかった

異なる思想を持つ両親と祖父母の狭間で、どちらにとってもいい子であるよう振る舞っています。その場その場で嘘をつき、本音を隠すことで、家族内に不和が生まれないような立ち回りをしています。そうせざるを得なかったということでもあるでしょう。父母の前での自分、祖父母の前での自分という風にいくつもの仮面をかぶるようになっていくことで、本当のジークは誰にも目を向けられることのないまま、価値を認められることのないまま、心の中に封じ込められていきます。こうしてジークは自分に自信を持てない、自己肯定感の低い感じに育ってしまったようです。

いちおう個人的な意見としておきますが、上記のように見てみればジークをそんな風にしてしまったのはグリシャだけの責任とは言えないように思います。祖父は祖父で自分の思想に染めるようなことをしてますから、何よりも板挟みになってしまったことが問題なんでしょう。夫婦仲と子供の成績の関連性が言われることもあります。仮に祖父母も復権派的な思想であったなら、ジークもすんなりとその思想に染まることができ、家庭内のヒーローとして自信を持つことができたかもしれません。成績も自ずと変わってきた可能性もあります。

 

・・それはさておき。

 

そんな幼少期に関して本人は120話でこんな表現をしています。

 

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-グリシャ・イェーガーがいかにして息子を洗脳し
-お前に民族主義を植えつけたのか

ジークは自分が洗脳され、民族主義を植え付けられたと思っているからこう言っているわけです。それはエレンも同様だろうという感じですね(21巻83話)

 

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-俺達はあの父親の被害者…
-お前は父親に洗脳されている

それは4年前のシガンシナ戦の頃から変わっていません。

 

ここでおさえておきたいのが、このシガンシナ戦がジークとエレンの初対面であるという事実です。ライナーたちから大まかな経緯などは聞いていたでしょうが、実際にはエレンとは会話すらしたことがないまま同じだろうと想像していたのです。そしてその後4年間も会うことはないまま、その想像を膨らませていたようです。ジークは”エレンは同じ考えを持っているだろう”と考えていましたが、それは自身が生み出した妄想であり偶像でしかなかったんですね。本当の自分を見てもらえなかった子が、他者に同じことをしてしまっているのは興味深いところでもあります。

 

 

さて、本当のエレンに断られたジークはこう言います。

 

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-やっぱりかよ…
-エレン…

負け惜しみでしょうか。いや、拘束具のことを考えれば、信用していなかったと考える方が筋が通るように思います。以前もそうでした(29巻115話)

 

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-まぁ…今俺達が接触するのはマズいよな…

何がマズかったのでしょう。やはり信用できなかったと考えるのが自然だと思います。信用してないから、エレンが本当にその気があるのか、本当に襲撃するのかを確認したかったのでしょう。メガネも曇ってますね。

ワインの件を思い返しても、やはりジークは”人を信用できない”んだと思います。自信を持てない、それはすなわち自分を信じられないということ。自分を信じられないなら、他人はもっと信じられないでしょう。でも、信じられないからこそより強く信じたいと思ってしまうのが人間。彼は自分に都合の良い偶像を創りあげ、そこに傾倒していったのかもしれません。

 

 


自分が信じたいものを信じるということ。

 

 


それは時に崇拝とか信仰と呼ばれます(26巻106話、27巻109話)

 

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あるいは、憧れという言葉や(2巻5話)

 

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夢と表現されることもあるかもしれません(18巻72話)

 

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それは同時に相手の本当の気持ちから目を逸らし続けることも招き、実像と虚像がかけ離れていきます。そうして誤解やすれ違いを生み、分かり合えなさを抱きます。そして分かり合えてないと感じるからこそ、さらに強く分かり合いたい・・そう思うのかもしれませんし、時に別のものに変わってしまうかもしれません。

 

 


ジークが他の誰でもなくエレンに執着する理由はおそらくこうです。


まず、同じ血を引いていて同じ父親に育てられていること。それをジークの視点から見るとこうなります(21巻83話、30巻120話)

 

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-俺はお前の理解者だ

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-お前だけは…
-わかってくれると…
-信じたかった…

理解者、すなわち分かり合える人のことです。同じ痛みを知る者同士だから分かり合えるはず、それがジークの理屈であり彼にとって都合が良いことなのです。そして実際はついこの間まで知らなかったにも関わらず(24巻98話)

 

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-まぁ…
-それが兄貴ってヤツだろ

兄と弟の絆というステレオタイプも取り入れて虚像を塗り固めていきます。言ってしまえば、ジークは兄弟を持たないまま大人になっていますから、コルトやマルセルとは違い本当の兄としての想いなんて感じたことは無かったはずです。都合が良くて美しく見える、兄弟とそこにある絆という概念に夢想を抱いているに過ぎない感じかもしれません。彼はエレンというより”弟”にしびれて、”兄である自分”に憧れてる感じなんじゃないかと思います。

 

 

そうしてジークは、エレンにグリシャの過去を見せていきます。

 

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-お前がわかるまで見せてやる
-グリシャ・イェーガーがいかにして息子を洗脳し
-お前に民族主義を植えつけたのか

 

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-当然しくじれば妻も息子もタダじゃ済まない
-だがその危険を冒し続ける
-なぜだかわかるか?

 

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-だが実際お前は父親の都合通りに動いている
-本来のお前ではなくなった

彼は常に先回り先回りで「グリシャはこういう男だ」「これからこうするぞ」って言ってるんです。ちょっと必死で可愛いくらいなんですが、これって要するにこういうことを言いたいんですよね(22巻90話)

 

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-ほら…
-言っただろ エレン

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-僕が言ったこと…
-間違ってなかっただろ?

同じなんです。アルミンは、街の子供たちが誰も分かろうとしてくれない中、唯一そうじゃなかったエレンが特別な人になりました。理解者、ですよね。以前から共通性を指摘してきましたが、アルミンと同じくジークもエレンに自分を認めて欲しくて仕方がないんです。同じ夢を追いかけたいのも同じなら、思い描いてるエレンが偶像でしかないところまで全く同じです。

少し異なるのは、ジークの方がより想像の度合いが強いことでしょうか。アルミンは実際にエレンと出会って、話してそうなっていますが、ジークは会う以前からすでに「エレン像」ができ始めていました。なぜかと言えば”同じ父親の血を引いているから”です。

 

とどのつまりはグリシャなんです。

 

ジークはやたらとグリシャだけに憎しみを向けていますよね。先に述べたように、家庭環境という意味では母や祖父母にも同様の責任はあると思いますし、客観的にはグリシャだけが悪いわけじゃないことは、ジークほど頭の回る人物なら思い至ってもおかしくありません。でも彼は祖父母には優しいですし、母親をどうこう言ってる様子もありません。

まぁ憎しみが何から生まれるのかは私が説明するまでもないでしょう。結局、グリシャに認めてほしくてほしくてほしくて仕方がなかったんです。大好きなお父さんに認めて欲しかったけどそうならなかった、そんな悲しい想いが心の中にずっと残っていて、その抑圧された想いを覆い隠すため裏返しとして”憎い”となっているんです。

そこで合理化が働き、自分を認めてくれなかったのはあの父親が間違ってたからなんだ、となっているのでしょう。だから「ほら、父親は間違ってるよね」「僕は正しいよね」って言ってるんだと思います。そしてその父親が間違ってることを分かってもらうのには同じ父親から生まれて同じ父親に育てられた弟ちゃんが一番都合が良いわけです。というか、赤の他人に同意してもらったところで本当の意味で分かってもらえた感じにならないのでしょうね。だからエレンなんです。

 

そして、ジークの根っこにあるのは承認欲求だったということです。

 

前回 083 キースの場合 で書いたのと同様に、ジークが承認欲求による衝動(=何か)に突き動かされているならば、彼の真の目的は承認を受けることです。つまりその裏返しである”エレンに理解してもらうこと”が目的であって安楽死は手段でしかないといえるかもしれません。だからこそ何をおいてもエレンを説得しようとしてるんだと思います。ちゃんと優先順位に従っているんです。

 

そうであるなら、手段である安楽死は替えがきくことも意味するのですが、ここでジークが考えてもみなかったことが起こってしまいました。

 

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-ジーク… ごめんな…

その父親は自分のことを忘れていませんでした。それどころか自身の失敗を認め、「前回」の息子に申し訳なく思い続けていたのです。そしてたどたどしいながらも全力でエレンの育児をするさまは、ジークの思い描いていたグリシャ像とは全くかけ離れたものでした。さらにこの先に待っているのは当然、その父親がなぜいったんはやめた壁の王家を滅ぼし、エレンに巨人を継承したかということになるのでしょう(22巻89話、16巻63話)

 

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ジークから見て巨人の継承は、父親が”エルディア人のためという民族主義で我が子を犠牲にした”ことの象徴で、エレンの場合も同じようなものと捉えてたでしょうから、継承の理由いかんによってはそれが覆されることになります。(ちなみに私は 066 自分のために で書いている通り、グリシャはエレンの意思を汲んで外の世界を見るため、そして母の仇を討つための”力を与えた”ものだと思っています。それが呪いという側面もあることは否定しませんが)


はてさてその時、ジークがどう受け止めるのか。次回が楽しみですね。

 

 

 

 

 

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どちらに転がっていくのかは私には分かりませんが予想の材料として一つ言えそうなのは、「ごめんな」という謝罪であれなんであれ、本人がそれを正面から受けとめるのはけっこう困難だということです。

というのも父への反発みたいなのが原動力になって生きてきたわけですから、それを認めてしまうと今までの自分が全否定されてしまいかねません。根幹が揺らぐとでも言いましょうか。ですので無意識から防衛機制やバイアスが働き、気付いたとしても都合の悪い事実から目を逸らし続けることがよく起こります。ガビもそんな感じでしたよね。

 

実際にあるケースとはいえ一概に言えるものでもありませんので、作者がどう持っていくかによるわけですが、このまま父親も悪い人間ではなかったんだでは済まさない気はします。

じゃあその場合どうなりそうかって想像してみると、父親は悪くないということを置きにいくかもしれないなぁと。それを認めてしまうと自分が間違っていたことになってしまいますから、いろいろと自分に言い訳をしながら切り離していく感じです。父親は悪くなかったかもしれない、でもまぁそれはそれ、といった感じで。

そうすると今まで目的だったものが消えて無くなってしまうわけです。そこで起こるのは手段の目的化でしょうか。今まで手段でしかなかった安楽死が繰り上がって目的になるかもしれません。父親のことはとりあえず置いといて、自分の使命はこれだ。これこそが自分の価値なんだ。ひょっとするとその方がやっかいだったりするかもしれません。

 

 

 

本日もご覧いただきありがとうございました。


written: 12th Aug 2019
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