進撃の巨人を読み解く

進撃の巨人はSFを下敷きにしたヒューマンドラマだ・・と思う

028 物語の考察 サシャ・ブラウスの場合(第36話 ただいま)

みなさんこんにちは。

 

 

105話で凶弾に倒れたサシャ、ボケ担当としての位置を確立していた彼女ですが、作者によってもともと9巻で死ぬ予定だったということが語られていました。ということは、本来の物語上の役割はすでに果たされていたということでもあります。今回はそこに焦点を当ててみたいと思います。

 

 

この記事は最新話である106話までのネタバレを含んでおります。さらに登場人物や現象についての言及などなど、あなたの読みたくないものが含まれている可能性があります。また、単なる個人による考察であり、これを読む読まないはあなた自身に委ねられています。その点を踏まえて、自己責任にて悔いのないご選択をしていただけますよう切にお願い申し上げます。あなたの選択とその結果に対して、当方は一切の責を負うものではありません。

※画像は全て 「進撃の巨人(諌山創著 講談社刊)」 より引用させていただき、個別に巻・話を表示しております。

 

 

 

 

 


[サシャ・ブラウスの場合(第36話 ただいま)]

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サシャのもともとの役割を考えたとき、当然それは36話に集約されていると考えられます。その後、ウトガルド城から鎧と超大型との戦い、エレン・ユミル奪還戦までの長期に渡って彼女が登場しなかったことからも、36話で死ぬ予定だったことが推測されます。アニメではエレン達に帯同してウトガルド城に到着し、その後も一緒に戦う形に改変されていました。

36話といえば、サシャ個人のみにスポットが当てられている、この作品の中でも異彩を放つ一話です。この一話のために一人の主要キャラが生み出され、殺される、それほど重要な意味合いが含まれていると考えられます。

 

 

 


36話はサシャが故郷を出た理由、そして父親に臆病だと言われる回想から始まります。

 

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-サシャ…お前には少し臆病な所があるな
-この森を出て他者と向き合うことは…お前にとってそんなに難しいことなんか?

 

そして、もう一つの回想でサシャが敬語を使う理由が語られます。

 

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-お前…故郷の言葉が恥ずかしいんだろ?

 

さらにユミルは、サシャの内面を言い当てていきます。

 

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-狩猟以外のこと何にも知らなくて 世間や人が怖いんだな?
-兵士を目指したのだって大した理由じゃないはずだ
-大方…親にでも…

 

サシャは言い返すこともできず、34話で「私なんてまともな人間になるまでは帰ってくるなって言われたんですよ~」とコニーに言っていることからも、ユミルの言っていることは的中していると見てよいでしょう。

そしてユミルは、自身の新しい人生での信条に従って、サシャにこう伝えます

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-サシャ…お前はずっと人の目を気にして作った自分で生きてくつもりかよ
-そんなのはくだらないね! いいじゃねぇか! お前はお前で!!
-お前の言葉で話せよ!

 

サシャの衝撃を受けたリアクションは重要ですね。さらに、それでも言葉を変えきれないサシャを、ヒストリアがユミルに突っ込むようにしてかばいます。

 

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-人に言われて話し方変えることないよ!
-サシャにはサシャの世界があるんだから
-今だってありのままのサシャの言葉でしょ? 私はそれが好きだよ!

 

この二人がじゃれ合いながらサシャに言っていることは、着地点は異なりますが、その意味するところは一緒です。

「ありのままの自分でいいじゃないか」

そして、

「そんなありのままのサシャでも、私は受け入れる」

ということです。

簡単に言えば、サシャそのものの許容とでも言うんでしょうか。サシャの視点から見ると、これを他者承認と言ったりします。

 

人間はだれしも仮面をかぶって生きているところがあります。それが意識の役割ゆえでもあるのですが、”人から見られる自分”を意識するあまりに、本来の自分と仮面をかぶった自分がかけ離れていくことが多々あります。そのギャップが大きくなるほど、葛藤が生まれ、本来の自分への疑問が大きくなっていきます。

自分の周りの人たちは、仮面の私だから付き合っているんじゃないか?
本当の私を出したら、離れていってしまうんじゃないか?

そんな想いから仮面をさらに強化していくのですが、裏では本来の私を認めて欲しい気持ちがどんどん大きくなっていきます。本来の自分を他者に認めてもらうことで自分の価値を確認したい、それによって自分で自分を認めることができるということです。他者承認を求める裏には自己承認をしたい欲求が隠されているわけです。

これがいわゆる承認欲求であり、これは誰もが普通に持っているものです。

 


サシャのケースはまさに理想形と言えます。もともとサシャは、本来の自分が受け入れられなかった場合への恐れから、他者との関わりを避けるべく、他者を排除し身内だけの世界に籠ろうという思想がありました。父親に核心を突かれたことに反発して外の世界に出てはみたものの、やはり恐れから敬語を使うという形で壁を築き、他者に自分を見せないようにしています。

そこにユミルが、サシャの仮面をはずし、内面にずかずかと入ってきます。そして本来のサシャへの承認をしてくれたわけです。それにかぶせるように、ヒストリアはサシャが創り上げた仮面までひっくるめて、好きだよと承認してくれています。


サシャはそれによって自己承認ができ、取り繕っていない本来の自分による、本当の言葉を少女にかけることになります。


少女の描き方に、作者の意図がつまっているように感じます。

 

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少女は目の前で母が食われていくことに何もできず、おそらく全てをシャットアウトすることで恐怖から逃げようとしていたのでしょうか。瞳に光が無く、淡々と村人と自分を非難することを述べています。しかし、サシャが前述の回想をして、本当の言葉をかけた時、少女の瞳に輝きが戻ってきます。サシャが他者を恐れる心の壁を取り払ったことで、少女も壁を取り払って応じたのでしょう。

 

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さらにそのサシャの言葉とは、他者を信じていなくては言えない言葉でした。

 

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-あなたを助けてくれる人は必ずいる

サシャは他者承認によって自己承認をするのと同時に、本来の自分を見てくれる他者がいる、他者は怖いものじゃなかったという想いから、他者を信じることができるようになったのでしょう。それはまた、自分と同様にありのままの他者を受け入れるという、他者への他者承認に繋がっていきます。

そして最後に、父親からの承認を得ることによってこの話は幕を閉じます。

 

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ここで描かれていることは、サシャの精神的な成長であり、抱えていた内面的な問題からの脱却だと思います。そして冒頭に書きましたように、このためにキャラを作り、一話を使っているということは、この作品を通したテーマの一つであると見て良いと思います。

 


そうした視点から見ると、それぞれのキャラが同様に他者の承認を得て、成長していく姿が見えてきます。一番分かりやすいところでエレンとヒストリア、ヒストリアとユミルあたりは言うまでもないと思います。お互いがお互いの隠された部分に言及して、それを承認し合っています。

他にも、エレンとライナー、ライナーとベルトルさんなどなど、特にエレンは主人公だけあっていろんな人と絡んでいるようです。アニもそうですし、ジャンとのじゃれ合いもそうでしょう、ジャンはなんだかんだ、エレンの力を認めることを言ってたりします。コニーも素直にエレンを認めるような発言をし、自信を無くしていたエレンがそれによって勇気付けられる場面が描かれています(13巻51話)

 

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-あの時…あのまま巨人と戦ってたら
-みんな死んでたぞ

 

サシャも”方言丸出し”でエレンのしたことに感謝するシーンがありました。これはサシャの変化も同時に描いていると思います(17巻67話)

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 -おかげでみんな助かりました!(以下略)


エレンは一時は自己否定の固まりになったりもしていますが、様々な人の承認と、最後には母からの無条件の承認を知ってそれを解消していきます。

ミカサはアッカーマンであるせいか独特なのですが、もともとズバズバと核心を突くアッカーマンの言葉から、裏表のない周囲との関係を作れているようです。恐がりサシャですら、「野菜作ってた子には分かりませんよ」とか、成長後ですが「ミカサが獲物から目を離すからいけないんですよ」なんて、言いたいことを言えていたりします。ジャンが「お前らが大好きなミカサちゃんを~」と言っているのも、ミカサが周囲と関係を築けていることを示唆しているかもしれません。

 


ところが、この承認の輪のようなものを見ていくと、そこにアルミンが絡んでいないように見えるんです。

 


アルミンの作中でのセリフは、およそ分析や作戦の話に終始しており、他者に言及することがほとんどありません。いつも自分の考えを言っています。同期とのなにげない日常でも・・(13巻51話)

 

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-ジャン 中身は芋だ お前の友達だろ
-サシャ な…んの話ですかそれは? 私はもう忘れました
-ジャン 安心しろ あの事件を忘れることができる奴なんて同期にいねぇから

-アルミン それにしてもどれもこれも高騰してたね
-もしこの食糧を失ったら僕ら餓死しちゃうよ

他の二人との会話のポイントのズレが分かりますでしょうか。

 

自分の考えばかりを言うというのは、自分を認めてくださいと言っているようなものではないかと思います。そしてサシャの例から分かる通り、自分を認められて初めて他者も認められるとするならば、アルミンは自分はもとより、他者も信じることはできないと思われます(13巻51話)

 

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-他にもっと経験ある優秀な兵士はいるだろうに…
-何で僕らがリヴァイ班に選ばれたんだろ…

自己評価の低さが現れていると同時に、”僕ら”と他者も巻き込んで低く見ているのが現れています。

 

アルミンの承認欲求は肥大化していき、その裏で他者を恐れる気持ちも育っています。彼は他者と本音でコミュニケーションを取る術を身に付けておらず、頼みの綱はエレンとミカサだけです。しかし、彼とは違いエレンとミカサはどんどん周囲との承認の輪を拡げていってしまいます。おそらくアルミンはより自己否定感が高まり、それを抑えるために過去の他者承認に縋っていきます。おそらくそれがエレンとの思い出であり、夢です。

彼はその思い出を美化し、そこに執着していきます。そうするとそこには理想のエレン像ができあがります。その理想の偶像と現実が噛み合わない時、おそらく彼はさらなる自己否定感と、裏切られたような想いを感じるのかもしれません。その自分を承認できない気持ちは、さらに彼の仮面を強化していきます。「僕は賢くて、すごい作戦を考えられる人間じゃないと人からは認められないんだ」といった感じです。そして、その仮面すら否定されるようなことは、”あってはならないこと”になっていくんでしょう。バッドループです。


おそらくこれは、以前考察した”手”に表現されていると思います。アルミンは自己否定感により、他者を受け入れられないので、差し伸べられた手を取れないのだと思います。でも、自分を承認して欲しいから、エレンには手を差し出します。常に自己表現ばかり。これは彼の心が助けを求める”手”なのかもしれません。マルコがもしも生きていたら、何かが違っていたかもしれないなとも思います。


しかも本当は、エレンはいつもその”手”を取っています。王政編で手を汚したアルミンに語り掛けるリヴァイは、全てを分かってて気をまわしているかのようにすら見えます。でも、臆病になってしまったアルミンにはもう響いていないように感じます。

そして、アルミンが一番承認されたいであろうエレンは、実は最大級の承認をアルミンに与えています(21巻84話)

 

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残念ながらアルミンはこの時焦げていたため、これらの言葉は届いていません。そんなボタンの掛け違いから悲劇が生まれるのだとすれば、非常にむなしいことです。

 

でも、おそらくアルミンの無意識はこの言葉を聞いているんじゃないかと思います。ただし、巨人化の際の影響でアルミンはこの前後の記憶を失っていることが描かれています。そしておそらく、この時の記憶は”道”にあります。

 


アルミンが道からこの記憶を取り戻すのは、エレンと戦って、もしくはエレンの寿命で、エレンを摂取した時かなーと、さらに悲しい物語の妄想が捗るのでした。

 

 

 

 

 

-余談-

 

サシャといえば、彼女の一族は壁中に残る謎の一つだと思います。

 

彼女らは方言、なまりのある言葉を話していますが、壁ができてから100年とちょっと、世代で言えば4~5代がせいぜいのところだと思います。それは、方言が生まれるには少し短すぎる期間に思えます。失われるのは簡単ですが、生まれるには年月が必要です。現代はインターネットの発達などにより方言が失われていっている時代で、それはあっという間に進んでいます。なぜかといえば、インターネットなどのメディアによって、みんなの距離が急速にゼロになったからだと思います。方言は距離が離れているほど、その変化が著しくなります。津軽弁が全く異なる言語のように聞こえるのはその一例でしょう。中心から遠ければ遠いほど、古い言葉が残っていて、それが時間をかけて独自の変化をしていくわけです。

はずれにある村とはいえ、それほどの隔絶された環境と言えるのか疑わしく、また、他に方言を話す人物が壁中で見られないことも、その独自性を物語っています。さらに、ご先祖様とか伝統という表現からは、長い期間を連想させます。

もしかするとサシャの一族は、壁ができる前からあの森に住んでいた一族なのかもしれません。もしくは大陸で人里離れた森で狩猟生活をしていて、壁中に移住した際に森に住みついた可能性もありますが、いずれにせよ、あの異常な耳の良さなどは他のユミルの民とは違う何か特殊なものを感じるのです。それが明かされることがあるのかも今となっては謎ではありますが・・

 

-余談おわり-

 

 

 

 

本日もご覧いただき、ありがとうございました。

 


written: 26th Jun 2018
updated: none